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今の当たり前は当たり前なのか?〜ローカリズム宣言を読んだ

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ローカリズム宣言―「成長」から「定常」へ

ローカリズム宣言―「成長」から「定常」へ

章立てにも表れている通り、今の「当たり前」が今後「当たり前」であり続けるべきなのか?という問に溢れていた。今の資本主義の評価尺度や効率化などをやり続けることで、どのようなことが起こるのかという問いを突きつけられると、特に考えずに当然の価値観の上で自分は動いてしまっているな、と考えさせられた。

1. 脱「経済成長」-グローバル資本主義は終焉する
2. 「山河」を守るー「成長」から「定常」へシフトせよ
3. 国家の「株式会社化」-サラリーマンマインドを捨てよ
4. 「定常経済」と「贈与」-先人資産を次世代へパスせよ
5. 「小国寡民」と「ハイパー・グローバル」-「グローバリズム」と「アンチ・グローバリズム」の安定点を探せ
6. 「廃県置藩」のすすめー日本をローカルに「分節」せよ
7. 地方で生きるということー脱都会で人間的成熟をめざせ
8. 「個人」から「集団」へー共同体主義で“危機”を乗り切れ
9. 脱「市場経済」-市場に委ねる部分を減らしていく
10. 脱「地方創生」-地方創生の狙いは冷酷なコストカット
11. 脱「国家」-国家の存在意義が急速に失われつつある
12. 定常経済へー「小商い」で生き延びろ
13. 脱「マスメディア」-真偽見きわめる直感力を身につけろ
14. 脱「査定」-これから君たちはどう生きるのか?

このまま経済が成長し続けるということに無理があるのではないかというのは、私のように小さい世界しか見ていなくても感じる。自分自身も周りも無理をしながら仕事をしないと成長を実現することは厳しい世界だ。

なんでだろう。

色々考えてみると、経済が成長するというのは、人間として生きるということと逆行しているのでは?と感じてしまった。ここまで増幅した価値は、この本にも書かれているとおり、どこかにしわ寄せがよっているはずだ。もちろんすべてが悪いわけではないが、過剰であるというのは何かバランスが崩れている。

本質的に生きるということと資本主義社会とのギャップについて、この本はその一つの解答を出してくれていると思う。

そのような基本的な課題感の元、私はこの数ヶ月で、自分がナチュラルにやりたいと思うこと、楽しいと思うことを模索しつつ、自分が成長できることは何なのかを追求することに決めた。もちろん、そんなに簡単ではない。資本主義経済に限界があるであろうことはわかっていても、その競争と価値を出すことでしか、行きられない部分がある。だから、まずはその第一歩を踏み出して、時間をかけてそこに近づくべく、行動を変えて学習をしようとアクションを始めた。

今の会社生活やとにかく経済成長を求める状況について、なんとなくきついなーと感じている方は読んでみたら良いと感じた。何か変化をするための材料になるかもしれない。